インフルエンザにかかったことがあるかどうかなんて、おぼえちゃいないよ
先日、この時期、毎年恒例にしているインフルエンザの予防注射を受けるため近所の内科を訪れました。
ソファーに腰掛けて順番待ちをしていると、まもなく、高齢の女性が一人、身内の人の付き添いもなく、来院してこられました。予防注射を受けるために来られたようですが、耳に入ってくる、その女性と看護婦さんとのやりとりがどうも、噛み合っていない様子です。
足取りはしっかりした方ですが、少し、認知症を患っておられるのかもしれないと思いながら、二人の問答を聞いていると、看護婦さんはしきりに「インフルエンザの予防注射を受けるのは、今回初めてですか」、と尋ねているのに対し、女性は「返答に困ったように、たぶんそうだと思います、よく覚えていませんが。。」としか答えられません。さらに、「これまでにインフルエンザにかかったことがありますか」と聞かれても、やはり女性は「たぶん、ないと思います、よく
私は、看護婦さんがしびれをきらして、女性に対してきつい調子で応対しはじめるのではないかと、少し、ハラハラししながら、聞き耳をたてていましたが、さすがに看護婦さんは慣れたもので、そんなことにはならず無事収まりました。
最初、私は、女性が自分がインフルエンザにかかったことがあるかどうかも覚えていないと返答したことに、人が歳をとることの悲しさを感じました。しかし、そのあと、外見や足取りからはとてもそんな年齢にはみえない、その女性が90歳であると知ったとき、全く別の空想が脳裏をよぎりました。
つまり、その女性にとって、(今日に至るまでさまざまなことがあったであろう、その女性の長い人生のなかで)、インフルエンザにかかったことがあるかどうかなど、記憶するにも値しないほど、些末なことに過ぎなかったのかもしれない、という思いです。
本当は、過去に1回や2回、インフルエンザにかかったことはあるのかもしれないけど、ただの風邪だと思って、あるいは病院を訪れるヒマもなく、その都度やり過ごしてきただけなのかもしれません。
そういえば、作家で僧侶の瀬戸内寂聴さんも、あるテレビ番組のなかで「友達に言われるまで、自分がこんな病気にかかったことがあるなんて、すっかり忘れてたの、いやだわ、アハハハ」と笑い飛ばしておられました。そんなこともあるのかと、そのときは少し驚きました。
今回、この女性の一件で、もし自分が90歳になったとき、それまでに煩ったことのある病気をどのくらい覚えているだろうかと心許なく思うとともに、90年という歳月を生き延びた人のたくましさは並大抵ではないのだなと感心した一日でした。